社長ブログ

2020/12/25

マックス・ヴェーバーもやられた 100年前のウイルス感染症 ㊦ | 桜井 元

 近代ドイツを代表する思想家マックス・ヴェーバーは1920年6月14日、ミュンヘンで亡くなった。56歳だった。当時、全世界で流行したウイルス感染症「スペイン風邪」による急性肺炎だったとされる。

 没後100年ということで、5月には今野元・愛知県立大教授の『マックス・ヴェーバー/主体的人間の悲喜劇』(岩波新書)と野口雅弘・成蹊大教授の『マックス・ウェーバー/近代と格闘した思想家』(中公新書)が、12月には中野敏男・東京外大名誉教授の『ヴェーバー入門/理解社会学の射程』(ちくま新書)が出版されるなど、関連する新刊が相次いだ。共同通信が配信した姜尚中・東大名誉教授の対談シリーズ「政治の器量/ウェーバー再考」も各加盟紙に掲載され、初当選前から取材してきた太田昭宏・前公明党代表が、京大相撲部の部長がヴェーバー研究者の青山秀夫教授だったので、先輩から「先生の本を読め」と命じられたことなどを語った9月の対談(秋田魁新報では9月28日付)は、元公明党担当記者にとって興味深い内容だった。

 ヴェーバーはベルリン大学法学部で法学博士号・教授資格を取った。フライブルク大学哲学部に招かれ、経済学を教え、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は比較宗教社会学の原典とされる。中野さんが解説する「理解社会学」の立場もあり、ヴェーバーを「社会学の泰斗」とする表現にも出会う。死の前年の講演をまとめた『職業としての政治』は政治学者としての分析と言えるかも知れない。

 政治学者の丸山真男さんは、最初に読んだヴェーバーは『経済史』であり、「田中耕太郎先生の商法の講義に触発された」(講談社「人類の知的遺産」月報、1979年)と語った。2010年11月の参院予算委員会で、仙谷由人官房長官(民主党)が「暴力装置でもある自衛隊」と発言して、自民党などから抗議を受け、謝罪・撤回したが、「暴力装置」はヴェーバーの用語だった。ヴェーバーの影響が日本でどう広がったかは、野口さんの本に詳しい。

 ヴェーバーの思想に立ち入る勇気はないので、ここでは今野さんのことに触れる。今野さんにお目にかかったのは、21年前のベルリンだった。名刺が見当たらないので、場所などは忘れてしまったが、「同じ名前(はじめ)ですね」と言い、何の研究をしているのかと問う私に「マックス・ヴェーバーの足跡をたどって各地を旅しています」と答えた若手研究者の笑顔は記憶に残っている。

 政治取材の現場を離れたあと、愛知県立大の准教授となった今野さんから大著『マックス・ヴェーバー/ある西欧派ドイツナショナリストの生涯』(東京大学出版会、2007年)を贈っていただき、驚いた。注だけで75㌻もあり、『プロテスタンティズム…』のヴェーバーの膨大な注記を連想させる。中に手紙がはさまれ、2005年3月に東大に提出した博士論文を加筆・修正した、と書かれていた。これこそヴェーバーの生涯をたどる決定版だと思って、秋田でも本棚の一番良い場所にある。

 あの本を抜粋したような内容かな、と思いつつ、今年の岩波新書を手に取って、再び驚いた。2012年以降、自分で撮影した40件の写真が載っている。一番新しいのは、コロナウイルス感染症が拡大しつつあった今年1月31日に撮ったフライブルクの旧ヴェーバー邸と旧市街地の写真だ。今野さん、まだ旅をしていたのか、と「現場主義」に頭が下がった。

 内容も、結婚前の妻に贈った本のタイトルを推理したり、昇任に伴う昇給額を算定したり、さらに精緻になっている。ドイツの地理を横軸に、歴史を縦軸に、切れ味のよいドリルでヴェーバーの同時代をタテに掘り進めている。

 今年のドイツは、ヴェーバーの没後100年以外にも、統一30周年(11月)、ベートーヴェンの生誕250年(12月)、フリードリヒ・エンゲルスの生誕200年(11月)、詩人パウル・ツェランの生誕100年(11月)・没後50年(4月)など、様々な周年に彩られ、記念式典、演奏会、シンポジウム、講演会が予定されていた。多くはコロナ禍のために中止・延期され、一部は縮小、オンライン配信もあった。

 それでも、ドイツ政府は科学や芸術に敬意を払い、コロナ禍の救済も迅速で手厚い。旧東独の大学で物理学を学んだアンゲラ・メルケル首相は、連邦議会で「科学を啓蒙する力を信じる」と熱のこもった演説をした。

 ベルリンフィルの演奏会を、物理学者の夫とともに楽しんでいた野党時代のメルケルさんの控え目な笑顔を思い出す。菅首相夫妻も演奏会に足を運ぶのだろうか――反田恭平さん・務川慧悟さんの2台のピアノによる絢爛たるラフマニノフ(22日、アトリオン音楽ホール)を聴きながら、そんな雑念が脳裏をよぎった。

(※「ヴェーバー」「ウェーバー」の2種類の表記がありますが、劣等生とはいえドイツ語を学んだ者として、ドイツ語の発音に近い「ヴェーバー」を採用しました)

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