スタッフ制作後記

NO TITLE(バリトン伊藤)
2007年2月8日

1月末日、ディレクターから、「番組HPスタッフの独り言を、次回バリトンさんにお願いできねすか?」と依頼があり、
『うん、いいけど、自分パソコンどが無いし、電子メールなど出来ないんで、
手書きの文書でもいい?』ということで引き受けましたが・・・
それから一週間、『やべっ!あさってまで届けるんだった・・・』と思ってから丸一日、『明日の午前中までだったなぁ~・・・』と今日2月8日『べつに強制ではないにしろ、約束したしなぁー』。独り言ってば・・・

 1940年代後半、イギリスの上流階級のスーツを作っていた老舗
“ザヴィル・ロー”がエドワード7世のスタイルを復活させた。
それはエドワーディアン・スタイルと呼ばれて、ジャケットの丈は長く、
体にフィットする細身のシルエットで、衿や袖にはヴェルヴェットがトリミングされていた。
 エドワーディアンは、時分が上流階級に属する紳士であることを示すエレガントなスタイルだった。

 1950年代の初めになると、ロンドンの下町にたむろする不良少年たちが、
このエドワーディアンを着こなすようになった。
そして、髪はリーゼント。これは、ロックンロールがこの世に登場する以前のこと。
 50年代後半、ロックンロールがイギリスに上陸すると、ロックンロールとエドワーディアンで、テディボーイと呼ばれるイギリス最初のストリートスタイルが生まれる。

 60年代、モッズスタイルが流行。

 70年代初め、ロンドンでロックンロールがリバイバルし、
街に再びテディボーイが現れる。
 その頃、キングスロードには、マルコム・マクラレーンと
ヴィヴィアン・ウェストウッドの店<LET.IT.ROCK>がオープンした。
テディボーイ専門の店である。
その後店名を<TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE>と変えて、
テディボーイスタイルに、新たに、革ジャンに錨(びょう)を打ったロッカーズスタイルを加えた。
このロッカーズスタイルを着て、セックスピストルズが77年夏
初めてのテレビ出演をする。PUNK。

 その前の年、
1976年、クリーム・ソーダが原宿にオープンしてからは
日本でもテディボーイスタイルが流行。
創業以来40年、一時期社会現象にもなった、角ドクロのブランドマーク。
その年代の人たちにはなじみの物。
自分は不良少年ではなかったけれど、50’スタイルが好きなので、今でも変わらず愛用しています。
よく、「懐かしい。」とか、「オレも昔は好きだった。」とか、
極め付け「修学旅行のお土産だった。」などと声をかけてもらいますが、うれしくはないです。今は価値観が違うけど。という事を、わざわざ報告してくれなくてもいいっすべ。

 2007年、暖冬
知人が参院選に出るとか、政治家先生が何やら大変なことを言ってしまった
とか、騒がしい世の中ですが、見えない未来へ向かうには、見てきた過去を振り返りながら、ゆっくり進んでいこうかと思っているので、今年も私の頭の中はロカビリーのことでいっぱいです。

『照井君、原稿は間に合ったすけど、
番組のこと、ひとっつも触れてません、スイマセン』
ロッケンローーーーーーール!!!