三種ゴスペル

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山本郡三種町鵜川・・・町役場の隣にある農村環境改善センターから力強い歌声が聞こえてきます。
ゴスペルです。

塚本さん「両親がすんごい音楽好きで。いつもソウルミュージックとか、ビートルズがかかってたりとか。いつの間にか口ずさんでいて。洋楽というものにすごい触れていく。そうしているうちに英語がすごい好きになったんですね。英語が勉強できる大学が秋田にできると、そりゃそこ行くしかねってなって。」

彼は、国際教養大学一期生。

塚本さん「ブラックミュージックヒストリーという授業でゴスペルに出会った時に、歌で表現する事にスゴイ感動したんで、ニューヨークに修行に行って…。」

そして、本場の教会で、リードシンガーを務めるまでに・・・。

塚本さん「地元帰って来た時に、どうこうゆう音楽の場って無くて。こういう口伝えで歌を教えて、それを返してもらって、その生感ライブ感みたいなあるそのゴスペル。」

その魂の歌声に引き寄せられた地元の人たちが集い・・・。
いつしか彼の教室の歌声は、三種ゴスペルと呼ばれるようになります。

この日初めて出会った人同士でも、同じリズムに鼓動を合わせ、ユニゾンからコーラスへと、絆を深めていくのです。

塚本さん「こんなに人集まってくれるとは、当時は思ってもいなかったんですけど。秋田、ゴスペルと言ったら三種ゴスペルがあるよって。そんな歌の場にしていきたいなと思っています。」

海、風力発電、風景。
ゴスペルが絆のかたちとなり、地元の人たちの歌声がふるさとに広がっていきます。
2019年06月13日
 

化世沢食堂

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男鹿市船川のコミセンに、新しい食堂がオープンしました。
店名の化世沢は、この付近の古くからの地名です。
運営の中心メンバーは、秋田市で栄養士の活動をしている畠山澄さん。

畠山さん「小さな感じで。でも本当、10食も出ればいいみたいな感じの本当に小さくやる話だったんです。意外と蓋開けてみたら、なかなか大変な事に気付いて。ちょっと本気でやってくれそうな人探すという事で。」

そうした畠山さんの気持ちに呼応して多くの人が協力を申し出ます。

畠山さん「本当にお金も時間も無かったけど、人だけなんとか、人がいてくれたというかね。あれよあれよという間に、こうスタートしてあれよあれという間に。」

たくさんの人の協力が、畠山さんの背中を押します。

畠山さん「男鹿市もそうだし、船川もそうなんだけど、凄く想いを叶えやすいというか。気持ち強くやりたいと思った時に意外とそれがこう実現できたりとか。チャレンジできる場所。」

実はこの食堂、曜日ごとにオーナーが変わります。
そんな珍しさが人づてに広がって・・・日曜日には御覧の様子。

畠山さん「地元の人に、愛してもらえたら。」

チカラを貸してくれた仲間たちには・・・。

畠山さん「なんかこう誘ってくれてありがとうだとかって、言ってもらえた時には…ああホント、良かったなというか。ほんと集まるべくして集まったかなという想いはありますね。」

化世坂食堂は、仲間との絆でオープンし、地元の人との絆を育む場所になりました。
2019年05月23日
 

小さな二人展

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秋田市内のとあるお宅に、友人知人が集っています。
リビングには、この家のご夫婦が作った作品の数々が・・・。

充子さん「いつか二人で二人展をやれたらいいなってずっと思っていました。」

奥さんは10年ほど前から始めたステンドグラスを・・・。
そして旦那さんは定年退職後に始めた切り絵を展示。

晃さん「切り絵とステンドグラス。二人の作品をつくるという意味ではいいのかなと。」

すると訪れた人から、こんな声が・・・。

充子さん「私の友達が来た時に、美術館のような家だねって言ってくれた事。癒されますねって言ってくれた言葉が支えになってますね。」

二人の歴史を刻んだこの家が、今日は、ミュージアムになったのです。
毎日を暮らす、自分の家での二人展・・・、それはご夫婦の夢でした。

充子さん「友達みな集まってきて、家が一つのたまり場であるということは楽しい。それが美術館みたいなところでまた最高の幸せだと思っています。」

子どもを育てあげ、第2の人生を共に過ごす家。多くの人が集い会話が弾む家。冨野さんの家は、人と人を繋ぐ絆の空間。夫婦の想いがつまっています。

晃さん「美術館みたいな家だなって。」

ご夫婦「そうありたいですね。そうありたいですよ。」

小さな二人展は大成功。140人以上の人たちが、夫婦の作品と夫婦の空間を満喫した3日間になりました。
2019年05月09日
 

時計の修理

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静かな工房で、黙々と時計と向き合う男性。新山幸基さんです。

新山さん「小学校とかの時から新聞に入ってくる広告や、中学生とかになると時計の雑誌を買って見たりとかりしていました。」

彼が、それまでの仕事を辞めて、この世界に飛び込んだのは10年前の事。

新山さん「今自分が本当にやりたい事やっているのかな~、と考えた時に、その時に一番興味があったのが時計だったんで。」

修理の技術を学び、工房を開業したのは3年前。するとそこには壊れた時計と共に、所有していた人の歴史も持ち込まれるようになります。

新山さん「壊れても今まで捨てないでずっととっていたと言う事は、想いが強いから持っていたわけで。」

大切な人の形見の時計や、夫婦の思い出が詰まった時計・・・、
人生の節目を飾った時計の数々。

新山さん「ただの時計プラスその時間、あるいは歴史とか。今まで使ってきた人の想いとか。それは時間が培ってきたものなので。」

時を取り戻した人から、感謝の手紙が届きます。

新山さん「私の父親がとか、ご主人さんがいつも身に付けている姿を見て、それをまた動いているのを見ると、またその方を思い出すみたいな。そういう話聞くので。」

時の修復。新山さんは人と人との思い出を紡ぐ仕事をしています。
2019年04月25日
 

フロアーカーリング

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夜、秋田市内のコミュニテーセンターから笑い声や歓声が聞こえて来ます。

高橋孝夫さん「大住地区の大住のOS倶楽部。今は会員が12名程度。上は84歳で、下は44歳。」

OS倶楽部が楽しんでいるのはフロアーカーリング。

高橋さん「老若男女、お年寄りであっても若い人であっても、チカラが必要ないものですから。誰でも遊べると。」

高橋さんには、このスポーツを通じて一つの狙いがありました。

高橋さん「ちょうど入り口あたりのバス通りはですね、古い家なんですけれども大住学区になってくるとここらへん、コミセンの近くであれば結構新しい家が建っていますね。」

古くからの住民と新しい住民のコミュニケーション。
それがフロアーカーリングで深まるのではないか…。

高橋さん「一つは人とのまず出会いと、触れ合いと。声かけあってこういう遊びもあるんだよ。」 

1年、2年と高橋さんたちOS倶楽部は地道にフロアーカーリングを続けてきました。すると、大住地区の多くの人がその楽しさを共有してくれるようになります。

フロッカー「お互いに相談して、そだねって言ってね。目標を決めてターゲットを決めて投げてやるという。」

高橋さん「祝勝会とか、そういう格好でお酒飲みして。酒のツマミにフロアーカーリングがあると、えへへへ。」

大きく曲がって目標に当たるフロッカー。
フロアーカーリングは、この地域の人と人を繋ぐ絆のスポーツになりました。
2019年04月18日
 

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