あいたいAAB

高田 美樹

諦めず投げ続けて/高田美樹

先月、大曲工出身で広島東洋カープの育成選手だった藤井黎來投手が支配下登録されました。ドラフトで指名されたときも感動しましたが、背番号が2桁になって1軍戦に出場できるようになった喜びはまた違うものがありました。

高校時代の藤井投手を振り返ると、2017年、3年生の夏の秋田大会のノーヒットノーランが印象に残っている方も多いと思いますが、私が忘れられないのは雨でノーゲームとなった3年生の夏の準決勝での投球です。

試合が中断するだろうと諦めの気持ちが芽生えてしまうほど強まっていく雨。相手は強打の第1シード明桜。そんな中、マウンドに立つ藤井投手は雨がまったく気にならないほど気迫にあふれていました。グラウンドの状態がかなり悪かったでしょうし、雨が気にならなかったはずがありません。その状況で堂々と投げ続ける集中力に脱帽しました。

試合は二回までしか行われず、2日後に改めて行われた準決勝で大曲工は明桜に敗れました。しかし、今考えてみるとあの土砂降りの雨に負けず投げ続けた姿が、今の支配下登録につながっているようにも感じます。これから苦しいときもあると思いますが、きっと諦めずに投げ続けてくれると思います。まずはおめでとう! これからの活躍を応援しています。

(朝日新聞秋田版 2020年10月10日掲載)

高田 美樹

頑張りは消えない

「選手入場――」。どこまでも広がる空と大きなグラウンドに響く司会の声は、将来の夢がアナウンサーで野球が好きだった私にとって、ずっと憧れの存在でした。アナウンサーになった今でも高校野球のアナウンスを聞くと胸が高鳴ります。

実は高校時代、開会式の司会を担当したことがあります。北海道の高校の放送部に所属していたとき「夏の高校野球空知支部大会でアナウンスを」という依頼をもらいました。北海道は甲子園代表が決まる北と南それぞれの北海道大会の前に、振興局ごとに分かれた支部大会があります。甲子園という夢の舞台を目指す大会の幕開けとなる開会式で司会ができる。そのときの喜びは忘れられません。

秋田では3年生の野球部マネジャーの皆さんが毎年司会を担当していますね。今年は新型コロナウイルスの影響で中止になってしまったことがいっぱいありますが、これまでチームを支えてきた頑張りは決して消えないと誇りに思ってもらいたいです。マネジャーの皆さんは誰かの心に響くサポートができるはず。最後まで悔いがないように一瞬一瞬を過ごしてください。

来週9日には高校野球の県独自大会が開幕します。今年も多くの皆さんの輝く瞬間に出会えるのを楽しみにしています。

(朝日新聞秋田版 2020年07月04日掲載)

高田 美樹

動物との出会いと別れ

生まれたときから動物と一緒。私が生まれたときはネコ2匹、リス1匹、文鳥1羽、インコ2羽が家にいました。「お母さん」の次に覚えた言葉は、高田家最年長のネコの名前「だいちゃん」。だいちゃんは、私が泣き始めると1番に駆け付ける母親のような存在でした。知らない人が私を抱き上げるのを見たときは、至近距離でじっと見つめたまま動かず、ネコ好きな方ですら「怖かった」と話すほどの気迫で私が誘拐されないか監視していたそうです。

そんなネコに守られて育った私が初めてかんだ食べ物は、ネコのジャーキー。だいちゃんは大好物にもかかわらずわざわざ私のところに持っていき、食べさせようとしたこともあったそうです。

そのほかの動物たちもそれぞれが私にとって特別な存在ですが、常に別れはつきものです。寂しくて「もう飼いたくない」と言ったこともあります。それでも「一緒にいたことより亡くなったことの方が思い出になるのはその動物の人生に失礼」という母の言葉で、またたくさんの動物に出会いたいと思えるようになりました。これからも一緒に過ごした思い出を大切に、新たな出会いをしていけたらと思います。そして別れを怖がらず動物との出会いを大切にしてくれる人を増やしていきたいですね。

(朝日新聞秋田版 2020年03月18日掲載)

高田 美樹

山口選手 勝負強さに期待

会うたびに秋田愛を感じるプロ野球選手が千葉ロッテマリーンズの山口航輝選手です。山口選手は大阪出身ですが、高校3年間を秋田で過ごしました。2年の夏に甲子園出場。3年の夏は秋田大会の開会式で堂々と選手宣誓を披露し、決勝での金足農の吉田輝星投手との対戦は見た人の心を熱くしました。

そんな山口選手は、先月行われたプロ野球の年間表彰式NPBアワードで取材記者らが選考するイースタン・リーグの「優秀選手賞」に輝きました。プロ1年目の今季1軍昇格はありませんでしたが、記者の皆さんが頑張りを見てくれていたのだと本当にうれしかったです。山口選手のすごいところは、ここぞという場面で決める勝負強さです。初の秋田凱旋試合でプロ初ホームランを放ち、19歳の誕生日には自らを祝うバースデーアーチ。ご両親が見に来た試合では猛打賞の活躍を見せていました。しかし観客の目を最も引き付けたのは豪快なスイング。試合を何度か見に行きましたが、一振りで観客をうならせていて誇らしく思いました。

秋季キャンプで足を骨折してしまいましたが、キャンプインに向けて気合十分。「秋田でまた試合がしたい」との願いがかなって、チームメートで秋田商出身の成田翔投手と躍動する未来が楽しみです。

(朝日新聞秋田版 2019年12月11日掲載)

高田 美樹

心動かすインタビューを

読売ジャイアンツの阿部慎之助選手が引退を発表しました。私にとって初めてファンになった選手であり、夢をくれた選手でもあります。阿部選手のヒーローインタビューといえば「最高でーす!」。選手と一緒に球場のボルテージを上げていくアナウンサーが本当に格好よくうらやましく思えて、アナウンサーになりたいという夢を持ちました。

夢を決めたあとは、プラン作り。小学校の文集で「東京の大学に行ってアナウンスの勉強をする」なんて書いたものの、どの大学に行くかまでは決めていませんでした。そんな中、高校で説明会を開いてくれたのが阿部選手の母校、中央大学でした。もちろん阿部選手の母校だからという理由だけで進学を決めたわけではありませんが、職員の方が選手の学生時代についてユーモアを持って語ってくれたことに運命を感じた、というのもひとつの要因でした。

今、実際にアナウンサーになりましたが、原点は小学生のときに見たヒーローインタビューのままです。インタビューした人に素を出してもらってこそ、見ている人の心を動かせると思っています。私が阿部選手のファンになったように、私がインタビューさせていただく方のファンが一人でも増えますように。その気持ちを忘れずやっていきます。

(朝日新聞秋田版 2019年10月02日掲載)

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