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新岡 智昭

自分が決めた人生 耐えられる

小学生の頃はバスケットボール、中学では吹奏楽、高校では陸上、大学はソフトボール……。サッカーと無縁の人生を送ってきた。しかしテレビ業界に入ってからというもの、取材や実況などでかれこれ10年近くサッカーに携わっている。

先日、ブラウブリッツ秋田のホーム戦の実況を担当した。プロ失格だと思われそうだが、放送中は常に劣等感にさいなまれている。プレー経験が全くない、故に説得力が皆無なのだ。「ナイスプレーでした!」なんて言いながら、心の中では(経験者が見てもそう思うだろうか)とか(素人がエラそうに)とか、ついついマイナス思考になる。

アナウンサーを志した小学5年生の夏、こんな境地に達すると知ったら、何か対策を講じただろうか……。考えたって仕方のないことだ。そういう仕事だから、と割り切れる人は良い。死に物狂いで努力して一流の実況者になった人も少なくない。でも、私はたぶん違う。

「自分が決めた人生なら人生に振り回されても耐えられる」。好きなドラマのセリフだ。とどのつまり、そう信じて歩き続けるしかないのだろう。人生に正解も不正解もないのだから。

(朝日新聞秋田版 2022年07月22日掲載)

新岡 智昭

職人のように 仕事に邁進

職人という表現が昔から好きだ。一つのことに没頭し、愚直なまでに道を究める姿はどんなジャンルでも美しく尊い。自分も職人のような存在になりたいと思いながらテレビの仕事に邁進(まいしん)している。

とりわけ映像の編集においては、並々ならぬ職人気質で臨んでいる。1フレーム(1/30秒)伸ばすか縮めるか、みけんにシワを寄せながら考えたり、意図的に変拍子の音楽を使うことで意味深長な感じを表現したり・・・・・・。はたから見れば取るに足らない、というか伝わらない細かい部分にまでこだわっている。

最近は専ら、全国放送のドキュメンタリー番組「テレメンタリー」の編集にいそしんでいる。舞台は大仙市の旧・南外村。大曲の市街地までは車で30分、唯一のスーパーが9年前に閉店した過疎のまちで、住民自らが車を走らせ移動販売をしている。販売員もお客さんもご近所さん同士。互いに助け合いながら生きる人たちの、ひと冬を追った。

テレビが斜陽産業と呼ばれて久しいが、真摯(しんし)に取材し編集したものはきっと誰かの心に届くはず、そんな思いで制作したのでぜひご覧いただきたい。県内での放送は来月1日と4日。

(朝日新聞秋田版 2022年05月13日掲載)

新岡 智昭

通勤は「ゲームの主人公」

子どもの頃、近所の遊園地にある「アイスワールド」というアトラクションが大好きだった。マイナス30度の世界を体験できるもので、寒いなんて感情はとっくに超越していて、もはや面白かった。

ちょっとしたアイスワールドこと秋田に来て5回目の冬、ついに名案(迷案?)を思いついてしまった。片道約3キロの通勤ルートを巨大なアトラクションに見立て、徒歩で通い、かかった時間を毎日記録するのだ。

信号が変わるタイミングを計算してスピードを調節したり、気温や風の強さによって服装を変えたり、氷の上でも安定して進めるようにスパイクを買ったり……。さながらゲームの中の主人公だ。ちなみにベストタイムは先月15日に記録した14分43秒である。

不思議なもので、ゲームだと思うとあらゆる現象をポジティブに捉えることができた。猛吹雪の日だって「ハードなステージもなかにはあるわな」となるし、雪でデコボコになった道だって「軽快にステップでも踏んでクリアするか」となる。健康的かつ経済的で環境にも良い。存外に楽しい冬だった。

長かった冬が終わる。ホッとしている半面、このゲームができなくなることに寂しさも感じている。次の冬も挑戦するかは不透明だが、とりあえずこの目出し帽はとっておこう。

(朝日新聞秋田版 2022年03月12日掲載)

新岡 智昭

多くの観客で見守りたい

”この記事があなたの手に落ちる頃には、私はもう秋田にはいないでしょう”……。夏目漱石の小説「こころ」よろしく意味ありげに書き出したが、物語に登場する先生と違い、私は心身ともに健康である。今頃はサッカーJ2・ブラウブリッツ秋田の今季最終戦を取材するため、静岡県に向かっているはずだ。

1年は実に短い。去年11月に大阪でJ3優勝の歓喜に沸いたと思ったら、今年2月にはリーグが開幕。応援番組「毎週ブラウブリッツ」を制作しながら、J2初挑戦を見守った。

強豪クラブと比べて潤沢な予算を組めず、専用練習場を持たないなど環境面の整備も急がれる中、4クラブが降格する厳しい今季、残留を決めたことは素晴らしいと思う。

ただ、欲を言えばホーム戦にもっと人が入ってほしかった。第39節終了時で秋田の平均観客数は2千人程度で、22チーム中20位である。ちなみに明日対戦するジュビロ磐田は約5900人でリーグ3位だ。

観客の応援は選手のモチベーションに直結する。良い試合をしているのに……と、歯がゆい思いもあった。

前置きがかなり長くなったが、30日にブラウブリッツの今季を振り返る特別番組「青い稲妻の”証言”ブラウブリッツJ2元年の軌跡」を放送する。お時間のある方はぜひ。

(朝日新聞秋田版 2021年12月04日掲載)

新岡 智昭

8年前のわくわくが…

2013年9月、東京五輪・パラリンピックの開催が決まった。社会人1年目の出来事だった。日々の仕事に慣れず疲弊していたが、そのニュースに心を躍らせたことは今でも鮮明に覚えている。

「7年後は脂が乗った30歳、くじけずに仕事を頑張り続け、現地でアスリートの活躍を伝えられるようなテレビマンになろう!」……。そんな目標を立て、ちょっと先の未来に思いをはせたものだ。

それから7年後の世界情勢、8年後にようやく開催された祭典について、今さらうんぬんする気はしない。間違いなく言えることは二つ。取材人員が大幅に制限されたこともあり、そこはかとなく持ち続けていた夢はついにかなわなかったということ。そして仕事の成熟度と相まって、物理的にもそれなりに脂が乗ったということだけだ。

数年前、祖母から1964年の東京五輪の際に販売されたワッペンをもらった。さほどスポーツに興味はなかったそうだが、一生に一度の記念になると思い買ったという。祖母はきょうが93歳の誕生日。「まさか生きている間にもう一度、東京五輪を見ることになるとはねぇ」と電話口でしみじみと語っていた。

人生、何が起こるか分からない。祝祭感と熱狂に包まれた平和の祭典が自国で開かれる日が、またいつか訪れるのだろうか。

(朝日新聞秋田版 2021年09月04日掲載)

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