民謡

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篠笛(しのぶえ)の音色…。奏でているのは小松雅弥さん。

小松さん「高校に入って、郷土芸能部に入部して横笛を始めました。」

小松さんは、大仙市太田に生まれ育ちます。
幼い頃から民謡はいつも身近にありました。

小松さん「私、おばあちゃん子 お爺ちゃん子だったので、お婆ちゃんと一緒にお出かけする時とかは必ずお婆ちゃん口ずさんでいたのでそれでですね。耳にしていた感じです。」

そんな小松さんの子守歌は、お婆ちゃんが唄う民謡。でも…。

お婆ちゃん「なかなか寝付かないので秋田おばことか、生保内節とか、歌ったら寝るかと思って 子守歌代わりに。そしたら返って目冴えて、手を叩いて拍子とってきて。」

小松さんは高校在学中に鈴木香織社中に加入。本格的に民謡を習い始めます。それは、民謡が大好きなお婆ちゃんへの恩返し。今日も仲間たちと共に、練習は夜遅くまで続きます。

小松さん「楽譜が無いんですけど、師匠とかあと先輩の指を見て覚えて。で自分が発表で吹いて、やっぱ拍手をもらうと嬉しいし、達成感もあるし。」

奏でる喜びを教えてくれたのは、お婆ちゃん…。

お婆ちゃん「ここまで育ててくれた感謝と、あとまず、これからも宜しくお願いしますという思いですね。感謝しています。」

篠笛の音は、お婆ちゃんと孫を繋ぐ絆の音色。
2019年01月10日
 

縫人

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男鹿市船川の小さな店…。中には大勢の子供たちが…。

船木一人さん「そこに子供が当たり前のようにいる。社会が僕は普通というか、なんかそういう方がいいんじゃないかなぁとは思ってますね。」

ひのめ商店に子ども来る。
船木さんが家族と共に東京から男鹿に帰郷したのは、東日本大震災から1年後の事。未曾有の災害が起きたにも関わらず、平静を装い経済を回そうとする都会の雰囲気に疑問を感じたという船木さん。
もっと子供に寄り添った暮らしがしたい。この町は船木さんのそんな思いが叶う場所。

船木さん「まぁ行けばパパとママが居るみたいな(笑)リビングみたいな感じですかね。」

この日、店番はお母さん、仲間と開いたお店にはお父さんたち。
子供たちは、冬の寒さをものともせず、親のいる場所を行き来します。

船木さん「自分たち家族以外の人たちにもいっぱいこう…そういう人たちと触れ合う事で社会性を含め感性も含め、色々養われていくところがあるんじゃないかなって思ってますね。」

人が繋がり、時を越えて様々なものが縫い合わされる場所。その糸の中に、子どもがいた方が良いじゃないか…船木ご夫婦は、そう考えているのです。

船木さん「まず僕らが思いっきりこの地元に住んで生きることを楽しんでるっていうのを全力で見せるみたいな。実はまぁ遠回りなんですけど。こう地元を想うことにつながるんじゃないかなっと思うんですよね。」

船木さんにとってふるさとは、家族の絆を育てる場所なのです。
2018年12月20日
 

木工品

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秋田杉の創作木工品を作っている女性、須藤奈津子さん。
彼女がこの仕事に就いたのは7年前の事でした。

須藤さん「身内の会社だったら、子供小さいのに融通利くかなと思って。」

そう、奈津子さんは父親が営む製材所で働き始めたのです。

須藤さん「なに一つ、知識がないので、毎日が新鮮で。
父がずっと一緒にいてくれて、父が全部教えてくれたので。
毎日、ただ楽しいっていうだけで過ごしていました。」

でも2014年、病と闘ってきた安久さんは帰らぬ人に…。

須藤さん「大きい不安とか、ショックとか、ただやっぱ、父が愛した仕事は 
残していかなきゃなとは思いつつ…半年くらいは…何も手に付かず。
でもその半年の中で、色々考えて。やっぱり父が残してくれたものがあって、今があるので。」

父親の仕事を引き継ぐ決意をした奈津子さんは、初めて自分で下絵を描きます。それは先代へのオマージュ。

須藤さん「たぶん父も、まだまだやりたかったと思うから。普通の人が考え付かない事を、どんどんカタチにしていく人だから。」

どこにいっても見守っているよ…。それが父親からの最後のメッセージ。

須藤さん「やっぱり父が作ったもの、は、残していきたいから…そうですね。
ちょっと父の後を追ってはいきたい。」

子を思う親と親を慕う娘。
その想いは絆となって新たな作品を生み出していきます。
2018年12月13日
 

人形劇

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能代市の保育園で絵本の読み聞かせをしている女性がいます。大山美文子さんです。彼女は25年以上も前から、こうした活動を行ってきました。

大山さん「私みたいなものでも みなさんにちょっとでも元気やれるかな。」

その傍らで、懸命に手伝いをしているのが若狭千登栄さん。
若狭さんは今年2月に大山さんと出会い、その活動に深い感銘を受けた人。

若狭さん「やりたいと思っていた事をやっている人。本人だったから…。理想、理想、夢の人だったから。」

若狭さんの熱意に押され、大山さんは二人での活動をスタートさせます。

大山さん「頼もしいですよ~。あの、打てば響くで…私、遠慮なく打つ方なので、それにめげずに付いて来てくれる、こういう人はなかなかいません。」

大山さんには、これまでも一緒に活動をしてきた人がいました。でも環境の変化などでメンバーは減り、一人での活動を決意していた矢先の出会いだったのです。

大山さん「一緒の気持ちの人がなかにいるっていうのは最高の幸せだな~って思って。私にとっては強力な…ね、仲間ですよね。」

若狭さん「居心地よくて、ずっと付き合っていきたい、繋がっていきたい。美文子ちゃんと出会って、最高。うれしい、幸せですね。」

二人の演じる楽しい物語の中に子供たちは引き込まれていきます。

大山さん「もっともっと楽しいものにしたいなと思っています。彼女と一緒だったらそれができるなと、思っています。」

二人の出会いは、絆の始まりとなりました。
2018年11月22日
 

米内沢駅

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列車を待つ場所が、人と出会う場所に変わりました。
秋田内陸線 米内沢駅です。
仕掛けたのは、NPO法人ハッピーデリバリー代表 佐藤信子さん。

信子さん「内陸線とコラボしながら。何も無かった駅なんですけれども、あの、コーヒーを飲める場所を作ったり。また、直売所を作ったりしております。」

信子さんは、平成23年に勤めていた北秋田市役所を早期退職し、地域の高齢者を支える活動に取り組み始めます。

信子さん「買い物代行だったり…。あの…送迎とかを、送り迎えですね、やってます。」

人が集える場所が必要だと思った信子さんは、米内沢駅に音楽家「成田為三」のコーナーを設けたり、地域の縄文遺跡から発掘された世界的にも珍しい「笑う岩偶」に駅長を託しました。

信子さん「みなさんに、こういうのがあるんだよっていうのを、お知らせしたいと思って。」

日常の業務の中で、地域の人の声を丁寧に拾ってきた信子さん。彼女が動き出すと、近くの人が花壇を整備したり、地元の小学生が笑う岩偶の絵かき唄を作ったりと、駅はここに暮らす人々が欲しかった場所へと変わっていったのです。

信子さん「散歩の帰りとか、いろんな方があそこに寄って、より皆さんが集える場所にしていきたいと思っております。」

地域の人が協力し合い、駅は絆の場所に生まれ変わろうとしています。
2018年11月08日
 

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