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新岡 智昭

吉田投手がつないだ再会

「北海道日本ハム、吉田輝星…。」

去年10月、プロ野球ドラフト会議でその名前が読み上げられる。報道フロアで堰を切ったように歓声が沸き起こる中、私は別の意味でも喜んでいた。「あの方とまた一緒に仕事ができる」と。

あの方とは、日本ハムの1軍投手チーフコーチを務める木田優夫さん。5年前、金沢の放送局で働いていた頃、木田さんは独立リーグ・石川ミリオンスターズの投手兼GMで、スポーツコーナーで共演していたのだ。

その頃を振り返ると、ひたすら恐れ多い。提案したネタを上司にことごとく却下され、あろうことか木田さんに助けを求めたことがあった。しかし無礼に呆れながらも助言をくださった。私的なことで相談することもあった。偉大な先輩であり、優しい兄貴分だと勝手に思っている。

去年12月、特別番組のゲストとして秋田に来ていただいた。互いに金沢を離れ、もう共演することはないと諦めていたので、実は涙が出るほど嬉しかった。木田さんは吉田投手の未来について率直に話してくださった。その中で「球団の方針として、なるべく1軍の試合を経験してほしい」という高卒1年目からの活躍を予感させるコメントも飛び出した。

秋田の星が北海道で輝く日が来るのが、今から待ち遠しい。

(朝日新聞秋田版 2019年01月30日掲載)

新岡 智昭

チャットモ「完結」心に穴

いつだって気ぜわしさと寂寥を帯びて近づくのが年の瀬。1年を顧みると、私にとって最大の事件は、人気バンド・チャットモンチーが7月に解散、本人たちの言葉を借りれば「完結」したことだ。

音楽、とりわけロックに心酔するきっかけをくれた。中学時代に親友に勧められて以来、青春をチャットモンチーと歩んだと言っていい。部活をサボってラジオの公開放送を見たり、聖地巡礼と称して出身地の徳島を訪ねたり。メンバーの変遷があっても、変わらない力強い音が大好きだった。

だが、最後のライブには行けなかった。その日はカレーを食べる佐竹敬久知事を取材していた。ライブの模様を収めた作品が先日発売され、深夜に何となく後ろめたい気持ちで見た。デビューから13年、音楽を追及し続けた姿が詰まっていた。そして、全ての曲に自分の思い出がひもづいていると感じた。

「思い出なんていらないって つっぱってみたけれど いつだって過去には勝てやしない」

最後に演奏された曲の一節だ。チャットモンチーの「現在」は二度と更新されないのだろうか。何かを失ってから、その大切さに気づくことがある。やり切ったという彼女たちの思いとは裏腹に、心には穴が開いている。いつか「未来」を聞きたい。

(朝日新聞秋田版 2018年11月28日掲載)

新岡 智昭

好きな旅で学んだこと

「DO WHAT YOU LOVE」

夏休みに訪れた米国・ロサンゼルスの市中で目にした看板の文言が妙に心に残っている。

私は一人旅が大好きだ。目的は非日常を味わうため(空港の入国審査ではこんな言い方はしないが……)。格安のドミトリーに泊まり、行き先は当日に決める。観光客の近寄らない店にも進んで入る。不便なことや怖い思いをすることも多いが、その分凝り固まった心がほぐれていくようで気持ちが良い。

それを「自分探し」と揶揄する人がいる。だが、旅をするだけで変われるほど人間は簡単ではない。そうは言いながら、どこかで旅に答えを求めている。今の生き方で良いのだろうか、未来の自分はどうあるべきか。

最終日、同室のイタリア人が勧めてくれたサンタモニカのビーチに行ってみた。静かに夕日を眺める男女、絶景には目もくれず泳ぐ青年、ギターを弾きながら歌う老人。私の矮小な憂いとは関係なく、それぞれ生きている。底抜けに楽しそうな顔を見ていたら、あれこれ考えるのが馬鹿らしくなった。

「好きなことをやりなさい」。多様性を受け入れる国の広告とひんやりとした潮風が、そっと教えてくれた気がした。

(朝日新聞秋田版 2018年10月10日掲載)

新岡 智昭

夢を諦めないのも才能

6年前、就活生だった。アナウンサーを志し、全国津々浦々、放送局の採用試験に毎日のように赴いた。しかし30社以上受けても内定は出ない。居酒屋のアルバイトでためたお金は、交通費や宿泊費で底をついた。試験を終えて汗だくで帰る夕暮れ時、「やっぱり才能がないのかな、諦めようか」。ついネガティブ思考に陥る自分が嫌だった。

放送作家・鈴木おさむさんの「芸人交換日記~イエローハーツの物語~」(太田出版)に出会ったのはその頃。結成11年目を迎えてもなかなか売れないお笑いコンビの話だ。物語の終盤、登場人物の言葉が心に突き刺さる。「夢を諦めるのも才能だ」と。

苦しい状況から救ってくれる、ありがたい言葉にも思えた。だが同時に悔しさも増した。数日間この言葉と格闘し、「逆に夢を諦めないのも才能だろう」と開き直ることで頑張れた。

夏の高校野球秋田大会で、初めて野球の実況を担当した。球児にとっては、甲子園という夢をめざす舞台。小学5年の頃、テレビのプロ野球実況に憧れたのがきっかけでアナウンサーを志した私にとっては、一つ大きな夢がかなったことになる。至らないことばかりだったが、第100回大会という節目に携われて幸せだった。夢を諦めなくて良かった。

(朝日新聞秋田版 2018年08月08日掲載)

新岡 智昭

昇格の喜び 次は秋田で

先月行われたブラウブリッツ秋田のホーム戦で、アスルクラロ沼津の富田康仁選手と久々に会いました。彼は昨シーズンまでツエーゲン金沢に所属し、2014年のJ3優勝とJ2昇格を知る男です。私は石川県で働いていた時に、チームの取材を担当。富田選手とは同い年で「お互いまだまだ頑張ろう」と言葉を交わしました。

ツエーゲンもホームスタジアムの改修を課題としていましたが、県が改修工事を決定。それが原動力となり、J2クラブライセンスを条件付きで取得しました。「リーグ2位以内に入り、1試合の平均観客数3千人以上という条件(当時)を達成するのは困難」との声も多かったのですが、シーズン序盤から勝利を重ねると、懸念は期待や熱狂の声へと変わりました。今はJ1をめざして戦っています。

選手やサポーターと喜びを分かち合った、あの経験を秋田でもしたい。「一つのチームのためだけに税金を使うのはいかがなものか」という声もあり、新スタジアム建設が簡単な話でないことは承知しています。ただ、「優勝したのに昇格できない」なんて悲しすぎます。J2という格のクラブが存在することは秋田の価値を高めると信じて、地域に根差したプロスポーツチームを応援していきます。

(朝日新聞秋田版 2018年05月23日掲載)

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