社長ブログ

2018/08/07

甲子園――36年前の夏 | 桜井 元

 高校野球の「100回大会」で8日、秋田代表の金足農が登場する。相手は鹿児島実。この組み合わせで、1982年夏(第64回大会)を思い出した。

 新聞社の鹿児島支局で2年目を迎えていた私は、鹿児島商工(現・樟南)に同行して、春夏続いて甲子園へ向かった。

 初戦(2回戦)の相手は、秋田経大付(現・明桜)。確か6日目あたりの第4試合だった。鹿児島も秋田も、ほかの県に比べて原稿の締め切りが少し早いので、早めに書き始めなくてはならない、と思っていた。

 試合は秋田経大付が3回裏に2点を先制。4回表に鹿児島商工が1点を返したものの、5回、6回とスコアは動かず、1点リードされたまま7回を迎えた。そろそろ「負けの予定稿」を書くか、と思ってペンを走らせ始めた時、ベテランのスポーツ記者から声がかかった。「桜井君、原稿を書いている場合じゃないぞ。この回に、逆転するぞ」

 上位打順に回るイニングだった。塁上に走者をためて宮崎県の漁港出身のやんちゃ坊主、4番のH君が打席へ。遠目にも髪の毛が逆立っているように見えた。「こいつは打つな」

 その回に2点とって逆転。次の8回にも2点を加え、継投で秋田の打線をおさえて5対2で鹿児島商工が勝った。

 スポーツ記者は諭すように言った。「事件もスポーツも同じ。現場から目を離しちゃいかん。秋田の投手は明らかに球威が落ちていた」

 秋田経大付はその後も、1990年春のセンバツでは鹿児島実に5対4で逆転負け、2002年の春も延岡工(宮崎)にやはり5対4で逆転負けを喫した。秋田代表全チームのデータを点検したわけではないが、印象として南九州には分が悪いように思う。

 そんな話もして、金足農を激励しなきゃと思っていたが、猛暑対策を重視されたようで大急ぎの関西入り。さて、南国の球児に「勝ち切る」準備は整っただろうか。

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