社長ブログ

2018/03/12

あの日を伝える映像の力 | 桜井 元


※11日の朝刊から。「スタッフの思いを新聞の番組欄に込めました」とアナウンサーが語った

 

 あの時、仙台の東日本放送(KHB)の社長の車に同乗し、高台にある会社に向かっていた。聞いたこともない地震警報のアラームが鳴り、電柱・電線が音をたててしなり、たわみ、前のトラックもこっちの車も跳ねた。道路わきでは、ガラスの割れた店から女性たちが飛び出し、歩道にへたり込んだ。

 あれから7年。今年も各局は、被災地からの中継をまじえて特別番組を送り出した。前夜、NHK仙台放送局制作の「誰にも言えなかった――震災7年・母と子の対話の記録」を見た。津波で家族3人を失った母と、当時3歳だった娘の深い心の傷。5年近く経って、娘に現れた体調不良、登校できない症状と、その癒しの経緯を息長く取材した労作に涙がこぼれた。坂本龍一さんを追った「津波ピアノ」や七ヶ浜の音楽イベントを紹介したNHK番組にも心ひかれた。

 11日はNHK仙台放送局からの生中継が多く、東北の拠点として存在感を示した。

 移転・新築されたNHK仙台放送局は2月初めから稼働。外から眺めただけだが、160人収容のスタジオがあるなど、設備も充実しているという。

 先日、NHK幹部に「豪華すぎないか」と苦言を呈したところ、「震災を風化させないためにも、新しい放送局を拠点に発信し続けたい」との答えが返ってきた。まさにその通りの活躍ぶり。前言を撤回したい気持ちになった(羨ましい思いはちょっと残るけど……)。

 東日本大震災と、阪神・淡路をはじめとする過去の震災との大きな違いは、圧倒的な「映像の蓄積」があることだろう。視聴者提供の映像には驚き、嘆きの声も入っている。

 スマートフォンの時代、市民の映像発信力はますます強まっている。NHK仙台放送局が12日午前0時すぎまで生放送した「大切なものは何?-3月11日の私たち」は、映画監督の「プロの手」を一部借りながらも、視聴者が投稿した映像だけで組み立てた異色の番組だった。

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