社長ブログ

2018/04/12

「絵巻切断」のドラマを追って | 織原 正明

 秋田ロータリークラブの4日の例会で、UX新潟テレビ21の織原正明さんに「佐竹本三十六歌仙絵巻“切断”のドラマを追って」と題して卓話をお願いした。20分余りのスピーチだったので、言い尽くせなかった思いもあるだろう。そう思って、小欄を提供することにした。最初に「AABにかかわる方なら、どなたでも」と執筆を呼びかけて半年が過ぎ、ようやく登場してくれた走者にバトンを渡す。新潟も酒どころだが、近いうちに秋田の銘酒で乾杯――これを原稿料代わりにしてね。(桜井)

 「信實の三十六歌仙 遂に切り売りとなる総価は三十七万八千円」――1919(大正8)年12月21日、東京朝日新聞に当時としてはセンセーショナルな見出しの記事が掲載されました。信實(のぶざね)は、鎌倉時代の画家であり、歌人でもあった藤原信實のことです。三十六歌仙とは、旧秋田藩主、佐竹公爵家に伝わる秘宝、いわゆる「三十六歌仙絵巻」のことで、切り売りされる直前の所有者は、船成金として知られた山本唯三郎という実業家です。切り売りされた三十六歌仙絵巻は、もともと歌仙各々の肖像画に代表歌と略歴とを加えて18名を1巻として、2巻がセットでした。そして総価37万8000円の現在の価値は、1万円を1億円として計算した金額になるといわれています。

 なぜ、絵巻は切断され売られなければならなかったのか。いったい誰がそんな大それたことを考えたのか――疑問は次々と湧いてきます。

 どうして新潟県人の私が、秋田でお話しをさせていただいたのかといえば、絵巻切断に深く関わっていた経済人の番組を制作したことが直接的なきっかけでした。
(参考:http://www.uxtv.jp/masuda/

  「絵巻切断」を仕切った経済人とは、弱冠27歳にして旧三井物産初代社長を務めた益田孝(1848-1938)です。故郷は新潟県の佐渡島。益田の生まれた相川地区は、佐渡金山のお膝元で、鉱山都市として江戸時代に隆盛を極めました。詳細は後日に譲りますが、益田なくして絵巻切断はなかったと思われます。財界に茶の湯を広め、「鈍翁」の号を持った茶人として時代を創った数寄者でもありました。

 秋田の皆さまにお伝えしきれなかった切断絵巻のこれからの物語、本題はむしろ未来にあります。絵巻は、一つにつながってこそ、つまりもとの姿に戻ってこそ、本来の価値と輝きを持つものだという考え方があります。絵巻切断から来年で100年、もし「絵巻をもとの形に戻そう」という声を上げるとしたら、秋田の皆さまほど適任者はおられないのではないかと考えます。現状では、ほとんど実現困難、無謀なプロジェクトだと受けとめられるでしょうし、現所有者の方々にとっては無礼な提案と思われるかもしれません。でも、心ある方々の中には、そうは思わない方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 まずは、絵巻切断から100年の節目に、新しいお茶会を開催して鈍翁ゆかりの東京、小田原、山形、新潟・佐渡などと連携しながら、絵巻の一部を訪ねたり、一時帰省させたり、ということから始めるというのはいかがでしょうか。協力したいと思っている方は案外、多いかも知れません。私もその一人。番組づくりを通して、広く呼びかけていきます。


(益田孝 画像:『自叙益田孝翁伝』より

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